【第6話】伊勢神宮 外宮で人生が動き出した理由|受け取ったとき現実が変わる:魂の旅路|京都から伊勢神宮へ

最終更新日:2026年4月1日

こんにちは、
鈴木みつこです。

 

前回は、

斎宮歴史博物館でつながった
過去世の記憶についてお話ししました。

【第5話】斎宮歴史博物館でつながった過去世|内侍・命婦としての記憶と斎王の役割:魂の旅路|京都から伊勢神宮へ

 

そして今日は――

京都から伊勢神宮へと続く旅の中で、
ひとつの大きな転換点となった場所。

伊勢神宮・外宮(げくう)での体験を
お話ししていきます。

 

春分の日の朝、空とひとつになる

伊勢市駅近くのホテルに宿泊し、
春分の日の朝を迎えました。

 

前日の移動の疲れもあり、
この日は少しゆっくり、05:30に起床。

 

シャワーを浴びて、
軽く身支度を整え、

「さあ、モーニング・リチュアルをしよう」
そう思った、その瞬間――

 

ふっと、

「カーテンを開けて、外を見てみて」

そんなメッセージが、
やさしく降りてきたように感じました。

 

わたしは普段、
ホテルに宿泊するときは、
しっかり身支度を整えてからでないと、
窓の厚いカーテンは開けません。

外から見えるかもしれない
という意識が、
どこかにあるからです。

けれどこのときは、違いました。
そしてその直感に従いました。

春分の日の日の出とともに

カーテンを開けた、その瞬間――

目の前に広がったのは、
ちょうど“日の出の瞬間”。

 

 

一瞬、
時が止まったかのような感覚。

昼と夜の長さが等しくなる、
大きな節目でもある春分の日。

その朝日は、
やさしく、
そしてどこまでも雄大で、

ただの光ではなく、
何かを告げているような
存在感を放っていました。

 

春分という日は、

ただの暦の区切りではなく、
“新しい流れが始まる起点”。

冬のあいだに内側で育まれていたものが、
光とともに外へと現れ始めるタイミング。

過去と未来、
内側と外側、

そのバランスが整い、
新しい自分が動き出す――
そんな節目。

また日本の感覚では、
お彼岸の中日にもあたり

この時期は
“見えない世界と
つながりやすくなる時期”

ふと視線を下ろすと、

伊勢市駅に到着する
早朝の電車が、
ホームに滑り込んできました。

その様子を見ながら、
「時は、確かに動いている」
そんな感覚も、同時に訪れました。

春分の日という、
大きな節目の朝。

そして、
伊勢神宮へ向かうその日に、

ホテルの10階から
まっすぐに昇る
春分の日の太陽を見る。

それは、
ただの美しい景色ではなく、

私にとって、
明確な“意味”を感じる出来事でした。

 

光とひとつになる朝

しばらく、その光景に見入っていると――

ふと、

「あ、ここで瞑想をしよう」

そんな感覚が、静かに降りてきました。

窓を開け、
ベッドの上にそっと座る。

日の出の太陽は、
ベッドの対角線上にありました。

けれど、

自分の位置を少し整えると、
不思議なほど、一直線に重なっていく。

 

まるで、

その光を
眉間からそのまま受け取るように――

瞑想、そして
モーニング・リチュアルを始めました。

 

 

 

春分の日の朝日。
開いた窓から流れ込む、澄んだ空気。
高層階の、静かで透明な空間。

そのすべてに包まれながらの時間。

こんな体験は、初めてでした。

 

「なんて豊かで、
なんて満ちているのだろう」

その感覚が、
静かに、深く広がっていきます。

 

それは、

ただ朝の習慣を行っているのではなく、

空間と、自然と、光と、
そして自分自身が、

ひとつに溶け合っていくような感覚。

努力して手に入れたものではなく、

ただ流れの中で与えられた、
ひとつの“ギフト”。

そう感じられる、
静かで確かな時間でした。

モーニング・リチュアルが変わった瞬間

これまで私がお伝えしてきた

ブレない自分軸をつくる朝の儀式――
モーニング・リチュアルは、

朝15分で、
魂・思考・行動を整える習慣です。

魂の深いレベルで、
もう一度「本当の自分」を思い出し、

その“最高の自分”に
しっかりと一致した状態で、

一日をスタートする。

今世、生まれる前に
「やる」と決めてきたことをやり切るために。

自分が望む未来を、
そのまま現実として具現化していくために。

魂と、心と、体を、
ひとつに統合していく時間。

それが、
モーニング・リチュアルです。

けれど、この朝は――

それを、明らかに超えていました。

空間
自然

そのすべてが重なり合い、

ただ「自分を整える」という段階を越えて、

“流れと完全に一致する”

そんな状態に入っていたのです。

 

 

 

春分の日という節目。
日の出という瞬間。
開かれた窓から流れ込む空気。
そして、整った意識。

それらがひとつに重なったこの時間は、

まさに、

「流れに乗る」という感覚そのもの。

無理に合わせにいくのではなく、

すでに用意されていた流れの中に、
自分が自然と入っていた。

そんな、静かで確かな感覚でした。

外宮から内宮へ――伊勢参りに込められた意味

 

伊勢神宮は、大きく
「外宮(げくう)」と
「内宮(ないくう)」の二つに分かれています。

 

外宮には、私たちの生活を支える
「衣食住」の恵みを司る
豊受大神(とようけのおおみかみ)様が祀られ、

内宮には、天照大御神
(あまてらすおおみかみ)様が祀られています。

 

さらにそれぞれの宮には、
別宮(べつぐう)をはじめとする多くの宮があり、

さまざまな神様が祀られている、
非常に大きな神域でもあります。

 

そして古くから、伊勢参りは
「外宮から内宮へ」と参拝するのが
正式な順序とされてきました。

 

まず現実の基盤である“日々の恵み”に感謝を捧げ、
その上で、より大きな存在へと意識を向けていく――

その流れそのものに、
深い意味が込められていると感じました。

 

外宮へ――導かれるように一歩を踏み入れる

9:00にホテルをチェックアウトし、
荷物は夕方まで預かってもらいました。

身軽になった体で、
伊勢市駅からまっすぐに伸びる
外宮の参道を進んでいく。

 

その流れのままに歩いていると、

やがて、
豊受大神宮――
外宮(げくう)に到着しました。

 

鳥居をくぐった、その瞬間――

すでに私は、

豊受大神様や御眷属の存在に
ご挨拶をしている自分に気づいていました。

それは言葉ではなく、

感覚で交わしているような、
静かで確かな対話でした。

 

 

まずは授与所でお守りをいただき、
左手首にそっとつけて境内へ。

 

ふと目に入ると、
御朱印の列は、この時間でも
すでに長く伸びていました。

けれど、
「まずは最初にご挨拶へ」
そんな感覚に導かれるように、

正宮(しょうぐう)を目指して、
まっすぐ歩みを進めていきました。

 

正宮へ――静けさの奥にある神聖な空間

 

外宮の正宮は、
写真撮影が禁じられており、

幾重にも垣で囲まれた、
とても静かで神聖な空間でした。

 

一歩、足を踏み入れた瞬間、

空気の質が変わるのが、
はっきりとわかります。

 

伊勢神宮では、

私自身も今回あらためて知ったのですが、

一般参拝のほかに
「御垣内参拝(みかきうちさんぱい)」
という特別な参拝の形があります。

 

これは、

通常は入ることのできない内側へ進み、
神様のより近くで手を合わせることができる、
特別な参拝方法だそうです。

 

正宮は、

外側から幾重もの垣に守られており、
その中心に神様がいらっしゃいます。

通常の参拝では、
その外側から手を合わせますが、

 

御垣内参拝では、
さらに内側へと進むことができる――

つまり、

“神様との距離が変わる”
特別な体験なのです。

 

私が訪れたときも、

ちょうどそのタイミングで、
正装された方が御垣内参拝をされていました。

 

最初は、

「ご祈祷を申し込めば、
同じように中に入れるのだろうか」

そう思ったのですが、

 

実際には、
一定の条件を満たした方のみが
特別に入れる場所であることを知りました。

 

それでも、手を合わせたその瞬間

そうした背景を知りながら、
正宮で手を合わせたとき――

ふっと、
空気が変わりました。

 

その場に立っただけで、

自然と背筋が伸び、
姿勢が整う。

何かを意識しているわけではないのに、

“場そのもの”が
自分を整えてくれるような感覚でした。

 

そして気づいたのです。

 

自分の感覚が、
大きく開いていることに。

 

まるで、
全身が“スポンジ”のように、
エネルギーを受け取っている。

 

最近感じていたこの感覚が、
ここではさらに強く、
そして深く広がっていきました。

理由のない確信

 

ふと、

「私は、豊受大神様が好きだな」

「外宮が好き!」

 

そんな想いが、
自然に湧いてきました。

 

理由はありません。

 

けれど、確かにわかる。

 

頭で理解する前に、
魂がすでに知っている。

そんな感覚でした。

 

多賀宮へ――呼ばれるという感覚

そして今回は、

特に多賀宮に
“呼ばれている”ような感覚がありました。

 

正宮での参拝を終えたあと、
そのまま、迷いなく足を運びました。

多賀宮は、
荒御魂が祀られている場所。

静けさの中に、凛とした、
力強いエネルギーが宿っているような空間でした。

待つ時間さえも、導きに変わる

御朱印の列は、
長く伸びていました。

けれど、その時間は、
ただの“待ち時間”ではありませんでした。

ふと浮かんでくる感覚を、
メモに書き留めていく。

すると、
待つ時間そのものが、

気づきを受け取るための時間へと
変わっていったのです。

「受けたい」という想いが生まれたとき

 

正宮で参拝しているとき、

ちょうど、正装された方が
御垣内参拝をされている場面に出会いました。

 

その姿を見て、

「ご祈祷を申し込めば、
あのように内側で参拝できるのだろうか」

 

最初は、そう思ったのです。

 

ただ同時に、

自分はブラックフォーマルのような正装ではない。

「この状態では難しいのかもしれない」

そんな思いもよぎりました。

 

けれど――

心の奥では、

「やっぱり、ご祈祷を受けたい」

その想いが、
静かに残っていたのです。

 

偶然の中で与えられた“答え”

そのあと、授与所で申し込みをしようとしたとき、

まさに同じ疑問を持った方が、
神職の方に質問されている場面に
偶然、出会いました。

 

そこで知ったのは、

御垣内参拝と、一般的なご祈祷は
別のものだということ。

 

御垣内参拝は、

特別な条件を満たした方やご縁のある方が、
神様のより近くまで進んで参拝する形。

 

一方で、ご祈祷は、

神楽殿で受けることができるもので、

伊勢神宮では
「御饌(みけ)」と呼ばれるのだと知りました。

 

御饌では、神様にお供えをし、
願いを届ける祈りが行われ、

神楽では、
雅楽の音とともに巫女の舞が奉納されます。

 

つまり、

“参拝する場所”と
“祈りを捧げる形”は違うけれど、

どちらも神様とつながるための大切な行為。

その違いを、

まるで用意されていたかのようなタイミングで
知ることができました。

 

もしあの場面に出会わなければ、

私はきっと、

「ご祈祷は、正装でないと自分は受けられない」と思い、

そのまま通り過ぎていたかもしれません。

 

 

そう思うと、

この出来事もまた、

必要なタイミングで与えられた
神様からの歓迎のサイン、

ひとつの“導き”だったのだと感じました。

 

想いは、現実になる

そして――

その想いは、叶いました。

 

ご祈祷を受けられることになり、
しばらく待つことになったのですが、

その時間の中で、

さらに驚くような出来事が起こります。

 

 

「御神楽の時間と重なっていて

お申し込みされた方いらっしゃるので、
ご覧いただけますよ」

 

神職の方が、そう教えてくださったのです。

 

実は、

ご祈祷を受けたいという想いと同時に、

どこかで、

前日の斎宮での斎王の姿を思い起こし、

 

「御神楽、巫女さんの舞も見たい」

そう感じていました。

 

 

 

その想いまでもが、

自然な流れの中で叶っていく。

 

まるで、

必要なものが、
必要なタイミングで与えられていくような流れ。

 

偶然ではなく、

すべてが“整っている”。

そんな感覚の中に、
自分がいることを感じていました。

 

魂が喜ぶという感覚

 

 

ご祈祷の中で、

豊受大神様とともに
自分の名前が呼ばれたとき――

 

深く頭を下げたその瞬間、

なぜか、自然と涙があふれてきました。

 

それは、

悲しさでも、喜びでもない、

人間の感情とは少し違う感覚。

 

もっと深いところで、

“魂が喜んでいる”

そんな確かな感覚でした。

 

御札を受け取ったとき、

確かな何かを
受け取ったことを感じていました。

 

 

「受け取ること」が、現実を動かす

今回の外宮での体験を通して、

はっきりと感じたことがあります。

それは――

豊受御大神様のお名前が示すように、

豊かに受け取ることができたとき、
現実は動き出す

ということ。

まず、

受け取ることを、自分に許すこと。

そして、

志や理想だけでなく、

衣食住といった、
日々の身近な現実を整えること。

その大切さを、
深く実感しました。

外宮は、

高い波動に満ちていながらも、

どこか開かれていて、

エネルギーが外へと広がっていくような
清々しさがあります。

その感覚が、とても心地よく、

私はすっかり惹かれてしまいました。

遠慮せず、
制限せず、

ただ、感じて、受け取る。

そこからすべてが始まるのだと、

深く腑に落ちたのです。

この感覚は、

特別な人だけのものではありません。

もしあなたにも、

・なぜか惹かれる場所
・理由はないけれど心が動く瞬間

があるなら、

それはきっと、

魂が何かを思い出そうとしているサインです。

次回は、

内宮で起きた体験とともに、

「天と地をつなぐ」ということの本当の意味について、
さらに深くお話ししていきます。

あなたの中にある役割が、
やさしく思い出されていきますように。

鈴木みつこ

つづきはこちらから

【第7話|最終話】伊勢神宮 内宮で思い出した本当の自分|魂が統合された瞬間:魂の旅路|京都から伊勢神宮へ

 



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