【魂が震えた瞬間】 天岩戸で“本当の自分”を思い出した日 〜神々の里・高千穂で、 魂と再契約した3つのお守り〜
こんにちは、
鈴木みつこです。
今日は
【魂が震えた瞬間】
天岩戸で“本当の自分”を思い出した日
〜神々の里・高千穂で、
魂と再契約した3つのお守り〜
について お話します。
目次
◆九州・高千穂への旅
この数日、
高千穂を旅しています。
古事記にも登場する
「天孫降臨の地」。
神話の舞台として知られるこの地で、
私は改めて、自分の魂と深く
つながる体験をしました。
そして今日は、
その中でもとくに印象深かった
「天岩戸神社」と「天安河原」での体験を
お伝えしますね。
霧雨と山桜に迎えられて始まった「魂の旅」。
当日の朝、天気予報は曇りだったのに
静かに霧雨が降っていました。
でも、ただの雨には
思えなかったのです。
「これは浄化の雨」
「神々からの歓迎のしるし」
そう感じさせてくれるような、
高千穂の山々は
幻想的な空気に包まれていました。
山桜がちょうど美しく咲いていて、
バスの車窓から外を見ながら、
「山が、生きている……」
そんな言葉が自然と
口をついて出てきました。
霧雨に包まれた山々の佇まいは、
まるで遠い昔からすでにそこにあった、
神話のページを今一度
めくるような光景でした。
「ここは本当に、神々が降り立った地なんだ」
その感覚が、胸の奥の深いところから、
静かに、でも確かな確信として
湧き上がって来るのを感じました。
◆天岩戸で“魂が震えた”瞬間
天岩戸遥拝殿(ようはいでん)は、
天照大神が隠れたといわれる洞窟
「天岩戸」を
対岸から拝むことができる、
天岩戸神社の中でも
最も神聖な場所とされています。
この場所に立ったとき、
私の魂は静かに、しかし確実に震えました。
今回の高千穂の旅の中でも、
いちばん深く、魂に刻まれたのが
この御神体との対面でした。
川を挟んだ向こう岸にあるはずの洞窟から、
離れていてもなお、
肌を突き刺すように
じんじんと内側に響く
力強いエネルギーでした。
まるで、自分の中の
「何か」が揺さぶられていくような、
言葉にできない感覚でした。
この御神体は、
神主さんによるお祓いと
案内がなければ拝むことができず、
また撮影も一切禁止されている神聖な場です。
だからこそ、
五感と魂すべてで向き合うしかない
目に焼き付ける
そんな“真っすぐな体験”を
与えてくれる場所でした。
御神体の前には、
太く力強いしめ縄が張られていました。
◆天安河原で包まれた深い癒やし
遥拝殿をお参りしたそのあと
訪れたのが、
「天安河原(あまのやすかわら)」でした。
ここは、天照大神が
岩戸に隠れてしまった際、
八百万の神々が集い、どうすれば
天照大神が出てきてくださるかを
話し合ったとされる場所。
仰慕窟(ぎょうぼがいわや)
と呼ばれる大きな岩の空間は、
無数の願いと祈りの石が積み重なり、
天井から覆いかぶさるような
岩壁に囲まれています。
訪れる前から
ここは絶対すごいところだ
と感じていてのですが
それ以上に
その場に一歩足を踏み入れたとき、
あまりのご神気の強さに、
言葉を失いました。
でもそれは決して
冷たいものではなく、
魂をまるごと包み込んでくれるような、
深い癒やしと
優しい安心感でもありました。
「ずっとここにいたい」
そんな気持ちが自然と湧いてくるほど、
心が癒される場所でした。
◆高千穂神社で出会った“導き”
その後、私は高千穂神社と、
有名な高千穂峡へと足を運びました。
高千穂神社では、御朱印をいただいたあと、
授与所で「手力男命様の力守り」と出会いました。
力強く「力」という文字が
刻まれたそのお守りに、
私は思わず目を奪われて
その場から動けなくなったのです。
面白いことに、私の場合、
今の自分に“本当に必要なもの”が
目の前に現れると、
他のどんなものも目に入らなくなって、
その一点にだけ、魂がピタッと
吸い寄せられる感覚があります。
この日もまさにそうでした。
迷うことなく、そのお守りを
いただいたのです。
さらにもうひとつ、思わず
微笑んでしまうような出会いがありました。
拝殿横で見つけた、
小さな陶器製のヘビ
巳(みー)さんのおみくじ。
可愛らしいその姿に惹かれ、
手に取ってみたところ、
中にはなんと
「大吉」が入っていました。
旅に出る直前に
宇賀神様のビジョンを見ていたこともあり、
今年は巳年でもあるので
可愛らしいヘビの
シンボルがほしいなと思っていたのです。
この巳(みー)さんとの出会いは、
まさに「導かれたもの」だと感じました。
私の手元には
お稲荷さん、そして巳(みー)さんがそろい、
心から嬉しい気持ちになったのです。
◆霧雨に煙る高千穂峡での静かな気づき
観光案内所で予約したツアーで巡る
コースの一部でしたが、
正直、雨の中を歩くのは体力的にも大変で、
とても疲れました。
けれど、しっとりと
霧雨に濡れた峡谷の風景はどこか幻想的で、
カラッと晴れた日には味わえない、
神秘的な美しさがありました。
写真を見返してみると、
その瞬間の空気感まで
写し取られているようで、
「来てよかった」としみじみ思いました。
ただ、魂がいちばん
強く反応したのは、やはり天岩戸でした。
ふつうの観光では、
もう心が満たされなくなっている
自分にも気づいていました。
私が本当に求めているのは、
ただの風景ではなく、
その場所に宿る“神聖なエネルギー”。
それを感じ、受け取り、
自分の中の何かと響き合わせるような
そんな「魂の旅」なのだと、
あらためて実感しました。
◆必要だった3つのお守り
この日、私は3つのお守りを授かりました。
・天岩戸神社の「七五三縄(しめなわ)」特別守り
・天岩戸神社の天細女命(アメノウズメノミコト)様のお守り(神鏡入り)
・高千穂神社でいただいた、手力男命(タヂカラオノミコト)様の「力守り」
実はこのうち、天岩戸神社の
「七五三縄」特別守りについては、
最初はいただく予定がありませんでした。
いつもそうしているように、
私はお守りを授かる際には、
お参りする直前に授与所でいただき
拝殿で「どうかこのお守りに、
神様のパワーを入れてください」
と心の中で祈るのです。
この日も同じように、すでに
天細女命様の絵柄のお守りをいただいたので
「ここではこの一つでいい」と思っていたのです。
けれど
帰り際に、御朱印帳を受取り
ふと視界に入った、
木箱に入った「七五三縄」の特別守り。
見た瞬間、足が止まり、
目が釘付けになりました。
そのしめ縄は、御神体の前に
一年間張られていた本物で、
役目を終えたあと、特別なお守りとして
授与所にて頒布されているものでした。
「これは、今の私にとって特別な意味がある」
「これはいただいていくべきものだ」
そんな想いが、胸の奥から静かに、
けれど確かな強さで湧き上がってきて、
私は直感に従い、
すぐにそのお守りをいただきました。
そして、それが間違いなく「正しかった」と
翌朝の瞑想、モーニング・リチュアルで
降りてきたビジョンが教えてくれたのです。
最初は、
「同じ神社のものを2つ持つのはどうだろう」
と一瞬迷いもありました。
けれど、ホテルに戻ったとき、
どうしても今自分には
「3つすべてが必要だ」と感じたのです。
ホテルに戻り
3つのお守りを身につけた瞬間、
エネルギーが明らかに変わったことを、
身体がはっきりと教えてくれました。
それは、単なる「お守り」ではありませんでした。
私にとっては深い意味のある3つのシンボルでもありました。
たとえばこんな感じです。
●天照大神:本来の自分=光の本質
●天細女命:歓びと表現の解放
●手力男命:決意を形にする現実力・行動力・突破力
「わたしは、わたしの光を生きていい」
「この命を、魂の使命のために使っていく」
そんな覚悟と決意を、
高千穂の神々と交わしたような
感覚だったのです。
◆今、扉の前に立っているあなたへ
高千穂峡を歩いた時間。
霧雨に煙る渓谷、しっとりと濡れた石畳、
流れる水音に心を澄ませながら──
私は、静かに気づきました。
もう私は、「ただ見る旅」では
満たされないところに来ているなと。
(家族とする 旅は別ですが。
でも私は昔から 一人旅が大好きなのです)
本当に求めていたのは、
目に映る風景ではなく、
その奥にある「神聖なエネルギー」と「魂の記憶」。
そして、それを通して、
自分自身の本質と出会い直すことでした。
天岩戸の遥拝所で見た御神体、
天安河原のあの圧倒的な静けさと包まれるような安心感。
それらはすべて、
自分の中にすでに在る本来の自分=最高の自分=神と、
再び出会うための
新しい魂の旅の始まり
だったのだと感じました。
そう、天の岩戸とは、
外にあるものではありません。
それは、自分の内なる神性に光を当て、
再び自分を生き始めるための“扉”なのだなと感じました。
神道では、「鏡」を神として祀ります。
それは、鏡に映る自分の姿に、
神を見出すという智慧。
私たち一人ひとりの中にこそ、
神聖さが宿っているということ。
いまこそ
太古の時代に戻るように、
情報ではなく「感覚」に還り、
頭ではなく
こころのままに
魂の声を聞いて、
動くときなのではないでしょうか。
◆神鏡のシンボル
そして、そんなメッセージを
象徴するような出来事がありました。
天岩戸神社で引いた2つのおみくじ。
どちらの中にも
「神鏡」が入っていたのです。
実は少し前からずっと、
神鏡のようなシンボルのお守りを探していました。
けれど、どこにもなくて
「こんなお守りがあったらいいのに」
と思っていた矢先の出来事でした。
それが、神様からの“返答”のように、
目の前に現れた。
ああ、やっぱり今、この旅は
ただの観光ではなく、
魂の約束を思い出す
旅だったんだと感じました。
私は、もう、隠れず
誰彼に遠慮することなく
ありのままの自分で
誰の前でも、同じわたしで
自分の本来の光を
堂々と輝かせ生きていく
そんな誓いがふつふつと湧き上がってきました。
もしあなたも今、
「そろそろ、自分の光で生きよう」
「もう、扉を開いてもいい」
そんな声が内側から響いているなら
どうか、その声を大切にしてください。
扉を開く鍵は、
誰かが持っているわけではありません。
開けると決めるのは、あなた自身です。
本当のあなたの光は、
きっと誰かの道を、そっと優しく照らしていくから。
あなたの魂の奥に眠る神聖さが、
今、目を覚まそうとしています。
心から応援しています!
鈴木みつこ