(2)豊川稲荷・本山(愛知)|出発の朝から、本殿の前に立つまで ― 初午の日に向かった体験記
こんにちは。
天職実現マスターマインド
コーチの鈴木みつこです。
前回の記事では、
豊川稲荷・本山(愛知)への参拝記(1)
私がなぜ長い間
「お稲荷さんはこわい」と感じていたのか、
そしてその感覚が
どのようにほどけていったのかを
書きました。
あわせて、私自身が
お稲荷さんを誤解していたことに気づき、
理解を深める助けになった
本についても
いくつかご紹介しています。
まだお読みでない方は、
写真付きでブログにまとめていますので、
こちらからどうぞ。
今回は、その続きです。
いよいよ、豊川稲荷・本山へ向かった
当日の朝から、
初めて本殿の前に立つまでのことを、
時系列で綴っていきます。
これは、特別な体験談というよりも、
「自分の感覚に正直に動き、
同時に理解を深めながら進んでいったら、
豊かさの流れに自然につながっていった」
そのプロセスの記録です。
目次
■ 出発の朝
出発した日の朝は、
目覚ましが鳴る前に、自然と目が覚めました。
今回、豊川稲荷・本山を訪れるにあたって、
「いつ行くのがいいのだろうか」と、
実は少し考えていました。
けれど、私の中では、
最初からはっきりしていた感覚がありました。
「初午の日に行きたい」
■ 初午という日を選んだ理由
初午とは、
2月最初の「午(うま)の日」のこと。
和銅4年(711年)2月初午の日に、
稲荷大神が稲荷山に鎮座したことに由来する、
お稲荷さんにとって、とても大切な日です。
その年によって日付は変わり、
神社やお寺によっても、
新暦か旧暦か、
節分を過ぎてから数えるかなど、
考え方はいろいろあります。
豊川稲荷・本山では、
旧暦二月 初午日が
「初午祭」にあたるそうですが、
それでも私の中では、
「今回は、この2/1の初午の日に行く」
という感覚が、ずっと消えませんでした。
私は、いわゆるアラカン世代で、年女。
しかも丙午年生まれ。
お稲荷さんと縁の深い
「午」という響きもあって、
今回はなおさら、
この日に参拝したいと感じていたのです。

■ 日曜日という現実と、小さなお試し
とはいえ、
2月1日は日曜日。
夫も、子どもたちも、
家にいる日でした。
もちろん、
いつもそうとは限りませんが、
私が神社仏閣を巡るときは、
基本的に、一人でお詣りします。
そのほうが、
神様やご眷属さまと
静かに向き合い、
言葉にならない感覚や
メッセージを受け取ったり、
その場のエネルギーを
集中して感じ取ることができるからです。
本音を言えば、
平日のほうがいい。
(以前の私は、
「土日は、家族のために
必ず空けておかなければならない」
そんな強い思い込みを
抱えていました。
今でこそ、
私が仕事や用事で家を空けることも
ごく自然なことになり、
頼めば、
夫が駅まで送り迎えをしてくれることも
多くなりましたが、
かつては、
私が東京へ行くなどすると、
夫の機嫌がひどく悪くなる、
そんな時期もあったのです)
そう思って、カレンダーを見ながら
「うーん、2/1は 難しいかな」と
感じたのも正直なところでした。
それでも、
どうしてもこの日に行きたい、
という思いは変わらず、
夫や子どもたちに、きちんと説明をして、
行ってきていいよ、と
送り出してもらえることになりました。
自分の中では
「難しいかもしれない」
と感じていたことでも、
普段の信頼関係や、
丁寧な説明があれば、
ちゃんと通る。
「それでも、行きますか?」
「本気ですか?」
そんなふうに
静かに問われているような、
小さなお試しを、
ひとつ越えた気がしました。
■ 朝の感覚と、モーニング・リチュアル
その朝、起きた瞬間から、
頭は澄んでいて、
思考のざわつきも、眠気もありません。
静かに、
集中した状態が、
自然と保たれていました。
日曜日、6時に起きて
いつもの15分程度の
ブレない自分軸を作る朝の儀式。
モーニング・リチュアルや
自分マネジメントを行い、
最高の自分で一日をスタートする。
身体も心も、
不思議なほど整っている
感覚がありました。
リチュアルの中で、私は
ひとつお願いをしました。
私の守護霊に、
先に豊川稲荷・本山へ行き、
ご挨拶をしてもらうことです。
「冴えている」
「研ぎ澄まされている」
そんな言葉が、
ぴったりくる朝でした。
■ 出発、そして移動のはじまり
そうして、夫も子供たちも
まだ寝静まる中、
予定通りに出発。
身支度を整え、バスに乗り、
新幹線へ乗るために
駅へと向かいました。
心の中は、なぜか
「幸せだな」
「豊かだな」
「ありがとうございます」
そんな言葉で、
静かに満ちていました。
かつては、
あんなにも怖いと感じていた
豊川稲荷・本山に、
こうしてお詣りできること。
そして、
強く「呼ばれている」としか思えない
その感覚そのものが、
もう、ありがたくて仕方ありませんでした。
■ 新幹線の中で感じていたこと

新幹線の中で、
車窓から富士山を眺めながら、
何度も、同じ感覚が
胸の奥から湧いてきました。
「なんて、豊かなのだろう」
それは、
これまでの人生では、
あまり感じたことのない感覚でした。
外側の状況がどうであれ、
何かを得たからでもなく、
ただ、そのままで満ちている。
いえ、
「充ちている」。
幸せで、
豊かで、
静かに充ちている感覚。
■ 「満ちる」ではなく、「充ちている」
何かが加えられて
「満ちる」のではなく、最初から、
本来の自分、
本当の自分とは、それ自体が
「充ちている」ものなのだ。
そんな理解が、
まだ言葉になる前のところで、
静かに、しかし確かに、
内側に広がっていました。
センサーが、
変わったのだろうか。
ふと、
真の豊かさとは、
こういうことなのかもしれない
そう感じました。
そして、
「これが、
お稲荷さん――
内側の本質的な豊かさとつながり、
守られているという感覚なのかもしれない」

そんな思いが、
とても自然に、
心をよぎりました。
豊かさとは、
何かを足すことではなく、
そのままで充ちている
本当の自分を、思い出すこと。
そのように、
本当の豊かさとは、
「内側」が充ちている状態こそが、
「外側」――
現実という名のスクリーンに、
投影されていくのではないか。
そんな感覚も、
同時に、湧いてきました。
しかも、
私の名前の漢字が
「みつこ=充子」であることも、
これは、
なんだかものすごい偶然だな、
そんなふうにも感じました。
そうした感覚が、
身体の奥で、
ごく当たり前のこととして、
静かに続いていました。
■ 豊川稲荷へ
新幹線を豊橋で降り、
乗り換え、
飯田線に揺られて、豊川へ。
駅を出て、
本山へ向かって歩き始めると、
だんだんと、
空気が変わっていくのを感じました。
歩いているだけなのに、
心が、ワクワクしてきます。
やがて、
門が見えてきました。

「ああ、来たんだな」
そう、魂が喜んでいました。
■ 初午の日。混雑の中で
この日は、
新暦の初午の日。
しかも日曜日で、縁日も立つ一日でした。

境内は、
想像していた以上の人出。
地元の方はもちろん、
遠方から訪れているであろう人も多く、
ここがどれだけ
人々に大切にされ、
長く愛されてきた場所なのかが、
自然と伝わってきました。
不思議だったのは、
これだけ混んでいるのに、
雰囲気がとても明るく、澄んでいて、
どこか温かさに包まれているように感じたことです。
屋台が立ち並び、
どこから境内に入っていけばいいのか、
一瞬、迷ってしまうほど。
けれど、
その迷いさえも、
なぜか楽しくて、
そのままワクワクしながら
足を進めていきました。
■ ご眷属へのご挨拶と、合図のような出来事
まずは、
入り口の鳥居のそばにいらっしゃる
ご眷属の白狐像(狛狐)へ
静かにご挨拶をしました。

いつも感じることなのですが、
こうした像の中には
(すべてではありませんが)、
「確かに、いらっしゃる」
そうとしか言いようのない、
はっきりとした気配を
感じることがあります。
ものすごく
いい意味での圧倒感。
自然と背筋が伸びるような、
強い神聖さが、
まっすぐに伝わってくるのです。
私は、屋台には目もくれず、
そのもとに佇む白狐像と、
しばらくのあいだ、
心の中で静かにお話をしていました。
すると、ふと、
視線が上に引き上げられるようにして、
空を見上げました。
その瞬間、
飛行機が大きな音を立てて、
真上を横切っていったのです。
私にとって「飛行機」は、
自分が魂の軌道に、
ちゃんと乗っているという、
高次からのサイン。
白狐像の、
ちょうど頭の後ろに重なるように
見えたその飛行機に、
私は思わず、にこりとしていました。
まるで、
「ようこそ」
そう言われたような気がして、
自然と、微笑みがこぼれたのです。
■ 鳥居をくぐり、本殿の前へ

鳥居をくぐると、
一段、空気が変わりました。
人の多さは変わらないのに、
内側は、
すっと静まっていきます。
すでに、
御朱印所も、
お守りの授与所も、
長蛇の列。

それでも、
焦る気持ちはなく、
この賑わいも含めて、
「初午の日」なのだと、
静かに受け取っていました。
まずは、
大本殿へ向かいました。
お線香をあげ、
煙をたっぷりと浴びてから、
本殿でろうそくを買い、
燈明をともし、
ご挨拶とお祈りをしました。
実際には、
鳥居をくぐったあたりから、
心の中ではずっと、
自己紹介と、
ここまでお詣りできたことへの感謝を、
静かに伝え続けていました。
このあと、
ご祈祷を受けるつもりでしたので、
本殿では外側から、
まずは軽くご挨拶を。
「今日はお詣りさせていただき、
本当にありがとうございます」
そうして、
一通りのご挨拶を終えたとき、
私はようやく、
初めて、
豊川稲荷・本山の本殿の前に立っている
という実感
を、静かに受け取っていました。
ここまで来た。
来させていただいた。その事実だけが、
胸の奥に、
ゆっくりと、静かに落ちていきました。

この時点では、
何かを強く願うというよりも、
ただ、
ここに「在る」ことそのものを、
大切に味わっている。
そんな感覚でした。
今回は、ここまで。
つづきは、また次回に
書いていきますね。
長文をお読みくださり、
ありがとうございました。
鈴木みつこ
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