(3) 豊川稲荷・本山(愛知)|本殿で受けたご祈祷 ― ダキニ天さんとお稲荷さんのパワー、東京別院との違い

最終更新日:2026年2月7日

こんにちは。
天職実現マスターマインド
コーチの鈴木みつこです。

前回の記事では、

(2)豊川稲荷・本山(愛知)|出発の朝から、本殿の前に立つまで
― 初午の日に向かった体験記
https://mitsuko8888jibun.com/2026/02/04/toyokawa-inari-honzan-sampai-2/

 

として、豊川稲荷・本山へ向かった
当日の朝から、
初めて本殿の前に立つまでのことを、
時系列で綴りました。

出発の朝の感覚。
初午という日を選んだ理由。
家族とのやりとり。

そして、新幹線の中で感じていた
「満ちる」ではなく
「充ちている」という感覚。

怖れではなく、
安心と豊かさの感覚に包まれながら、

本山の門をくぐり、
本殿の前に立つまでのプロセスを
書いてきました。

今回は、その続きです。

鳥居をくぐり、
大本殿へと進み、
ご祈祷を受ける中で起きたこと。

そこで私が体験したのは、
何か特別な出来事というよりも、

「自分の立ち位置が、静かに定まっていく」
そんな感覚でした。

■ 最初のご挨拶を終え、ご祈祷を受ける流れへ

 

 

本殿では、
外側から、まずは軽くご挨拶をしました。

「今日はお詣りさせていただき、
本当にありがとうございます」

そうして、
一通りのご挨拶を終えたとき、
私はようやく、

初めて、
豊川稲荷・本山の
大本殿の前に立っている

という実感を、
静かに受け取っていました。

ここまで来た。
来させていただいた。

その事実だけが、
胸の奥に、
そっと落ちていきます。

本殿でのご挨拶を終え、
次は、
ご祈祷を受ける流れへと
進むことにしました。

 

その前に、
御朱印帳をお願いしておこうと思いました。

 

ここまで来て、
忘れて帰るようなことは
したくなかったからです。

 

すでに長蛇の列ができていて、
「これは、かなり待ちそうだな」
と思いながらも、

 

東京別院のときのように、
「あとで受け取るための札が
あるのだろうか」
そんなことが、
ふと頭をよぎりました。

 

けれど、
預けるだけでも
皆さん同じように並んでいる様子。

 

この時点では、
細かいことは考えず、

「流れに任せよう」

そんな気持ちで、
本殿を前方に臨みながら、
境内の空気を
ゆっくりと吸い込んでいました。

 

体感としては、
30分ほど並んでいたと思います。

 

ダキニ天さんの
特別御朱印と直書き
をお願いし、
「あとで取りに来ます」と伝えると、
預かり札を受け取りました。

 

 

■ ご祈祷の受付

次に向かったのは、
ご祈祷の受付でした。

 

 

ご祈祷は、
一名につき三千円以上の御志。

四千円以上の場合は、
点心(精進料理)の接待
があるとのこと。

 

私は、
御札をいただきたいという思いと、
このお食事を、
とても楽しみにしていました。

 

東京別院で
ご祈祷を受けたときと同じく、
今回も、五千円でお願いすることにしました。

 

受付を済ませると、
金券と、青い色のバッジのようなものを
手渡されました。

けれど、この時点では、
それが何を意味するのかは、
正直、よく分かっていませんでした。

■ 二階での待機、そして…

案内されて、
二階で待つことになりました。

「しばらく待つのかな」
そう思っていたのですが、
意外なほど、すぐに呼ばれました。

名前を呼ばれ、
案内されるまま進んでいくと、

そこには、
大本殿へと続く、
長い赤い絨毯の廊下。

一歩、また一歩と進むごとに、
空気が、
より一層、澄んでいくのを感じます。

 

■ 大本殿へ ― 赤い絨毯の先で

 

大本殿へ上がると、
すでに何人かの方が、
先に呼ばれ、座っていました。

 

そのとき、
ふと目に入ったのが、
最前列の、右前の席。

 

そこだけが、
ぽっかりと、
空いていたのです。

 

一瞬、
「長時間の正座、大丈夫かな」
そんな思いがよぎりました。

 

最近、
膝や足腰に違和感を感じることもあり、

後方のイスの席に
座るつもりでいたのです。

 

けれど、
不思議と、
迷いはありませんでした。

 

「座らせていただこう」
「ここだ」

そう感じて、
私はその席へ進み、
静かに腰を下ろしました。

 

■ ご祈祷 ― 名前を呼ばれる

ご祈祷が始まり、
合掌し、
僧侶の方とともに
真言を唱えながら、

静かに、
ダキニ天さんやお稲荷さんに
意識を合わせ、

心の中でお話をさせていただきました。

大本殿の中は、
思っていた以上に広く、

 

背筋を、
自然と凛と伸ばさずにはいられない
荘厳な佇まい。

 

私は合掌したまま、
自分の耳の横が
放射状に開いていくような感覚、

そして、
眉間の一点に
意識を集中させるような心地で、
静かにその場で祈りました。

 

全身のオーラ全体で、
この空間の空気、エネルギーを、
しっかりと自分の中に取り込み、
つながっていくような感覚。

 

そして、
あとから自宅で手を合わせ、
この光景を思い出せば、

再び、
この大本殿の
高いエネルギーと
つながることができるように。

 

その感覚を、丁寧に、
意識の中に刻み込んでいました。

 

そして、
ひとりずつ、
名前が読み上げられていきました。

 

やがて、
私の名前も呼ばれました。

 

少し前へ進み、
白い袋に用意してきた
御礼のお賽銭を、
静かに納めます。

 

そして、
あらためて合掌し、
丁寧に祈りました。

 

■ 本殿に最後まで残る

 

ここで、
ご祈祷の流れの中で、
「どうしたらいいのだろう」と
少し戸惑う場面がありました。

 

10日ほど前、
大祭の際にご祈祷を受けた
豊川稲荷・東京別院では、

 

名前を呼ばれた方から順に席を立ち、
本殿の左側を回って、

 

内陣の一番奥に祀られている
ご本尊様へお参りし、
お賽銭を納めて、
そのまま外へ出ていく、
という流れでした。

 

けれど、
今回は違っていました。

 

おそらく、
お納めするご祈祷料などの違いも
あるのだと思いますが、

(内陣の近くのイス席に座られた方が、
そのようにお詣りされていました)

 

私の名前が呼ばれたあとも、
他の方のお名前や願意が読み上げられ、
ご祈祷は、そのまま続いていきます。

 

そこまでは、
同じ流れでした。

 

ただ、しばらくすると、
おそらく何度も
ご祈祷を受けているであろう方々は、

名前を呼ばれると、
そのままお賽銭箱の前へ進み、
お祈りをして、

入ってきた本殿の右側の扉から、
順に外へ出ていかれました。

 

気がつけば、
ご祈祷が続く中、

本殿に残っている方は、
だいぶ少なくなっていました。

 

私はというと、
なぜか、
出ていきたいとは思えず、

 

一番後ろの椅子に座らせていただき、
残りの時間も、
ゆっくりと心の中で祈りながら、

ダキニ天さんやお稲荷さんと
静かにお話をしていました。

 

最初は、
勝手が分からず、
少しドキマギもしましたが、

 

それ以上に、
長い時間そこにいられることが、
ただ、うれしかったのです。

 

結果的に、
私は最後まで、
その場に留まり、
ご祈祷を受け続けていました。

 

荼枳尼天さまの場の力を、
たっぷりと浴びているような、
そんな感覚が、
静かに、続いていました。

 

 

 

■ ご祈祷のあと ― おふだと、ひとつの選択

 

ご祈祷が終わり、
おふだをいただきました。

 

その後、
点心の精進料理をいただく場所へ
向かうことになったのですが、
ここで、少し迷ってしまいました。

 

建物は新しく、美しく、
とにかく広い。
どこへ進めばいいのか、
一瞬、分からなくなってしまったのです。

 

そんなとき、
ふと目に入ったのが、
狐の陶器に入ったおみくじでした。

 

東京別院では、
白い狐のおみくじをいただきましたが、

 

今回は、なぜか
金色の狐が、
とても気になりました。

 

 

考えるより先に、
私はその金色の狐のおみくじを
手に取っていました。

 

このときは、
まだ知りませんでした。

 

それが、
あとで開けてみると、
大吉だったことを。

 

まるで、
ここまでの流れを
そっと肯定するかのように。

 

そしてこの先、
さらに深く、
流れがつながっていくことを
静かに示しているように、
感じられたのです。

 

今回は、ここまでにします。

 

このあと、
点心の精進料理の時間、
そして、
思いがけない気づきへと
流れは続いていきました。

 

それについては、
また次回、
ゆっくりと書いていきますね。

最後までお読みくださり、
ありがとうございました。

鈴木みつこ

 

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