【第5話】斎宮歴史博物館でつながった過去世|内侍・命婦としての記憶と斎王の役割:魂の旅路|京都から伊勢神宮へ

最終更新日:2026年3月27日

こんにちは、
鈴木みつこです。

今日は、

京都から伊勢神宮への魂の旅、
第5話の、続きをお届けします。

 

前回は、

【第4話】最短ルートをやめた理由|
斎宮・斎王へと導かれた「遠回り」の意味
:魂の旅路|京都から伊勢神宮へ

というテーマで、
斎宮へと向かったお話をお届けしました。

【第4話】最短ルートをやめた理由|斎宮・斎王へと導かれた「遠回り」の意味:魂の旅路|京都から伊勢神宮へ

 

今日はその続きです。

◆ 斎宮とは

斎宮(さいくう)とは、

伊勢神宮に仕えるために選ばれた
皇族の女性「斎王(さいおう)」が
暮らしていた場所です。

斎王は、

天皇の代わりに
神に祈りを捧げる存在として、
都を離れ、この地へと移り住みました。

 

日常から離れ、
心身を清めながら、
天と地をつなぐ役割を担っていた存在です。

 

斎王は未婚の内親王や
女王の中から占いで選ばれ、
約3年間の潔斎生活を経て、斎宮へ向かいます。

 

その道のりは「群行」と呼ばれ、
平安時代には、近江から鈴鹿の山々を越え、
伊勢へ至る5泊6日の旅でした。

この制度は約660年続き、
やがて歴史の中に消えていきました。

 

◆ 斎宮の無人駅に降り立って

午前中に清明神社と京都御所をまわり、
ホテルをチェックアウトしてから、

ローカル線を乗り継ぎ、
3時間以上かけて、

どうしても立ち寄りたかった
「斎宮(さいくう)」の無人駅に、
無事、降り立ちました。

その瞬間、

私の魂と、
守護ガイドの玉葛葉さんが
喜んでいるのを、
はっきりと感じました。

◆ 限られた時間の中で

本当は、
斎宮歴史博物館と
いつきのみや歴史体験館の
両方を見たかったのですが、

すでに15時半を過ぎていて、
最終入館時間の16:30が迫っていました。

 

一度は、これは無理かもしれない、と
諦めかけました。

けれど、

想像していた以上に斎宮跡は広く、
どこに何があるのかもわからない状態でした。

 

 

駅近くの体験館で尋ねると、
歴史博物館は1キロほど離れていて、
徒歩で15分以上かかるとのこと。

 

この時間では、
どちらか一つしか見られない。

そう言われ、
歴史博物館をおすすめされました。

 

荷物を持って急ぐ気にはならず、
バックパックとキャリーケースを預かっていただき、
身軽になって向かうことにしました。

 

◆ それでも、行くと決めた

お天気は回復し、
日差しは出ていたものの、

風がびゅんびゅんと吹く中で、
それでも私は、
どうしても見たかったのです。

 

斎宮の史跡や歴史、
当時のエネルギーがあふれるその場所へ、
まっすぐ歩いていきました。

平日で、すでに4時近い時間。
閉館も迫り、
人っ子一人いない状態でした。

 

途中、1/10の史跡全体の模型を見つけ、
感慨深く眺めて写真を撮り、

 

それでも時間は限られているため、
「こっちだ」と感じる方向へ、
感覚に従って歩き続けました。

 

◆ 古代伊勢道を歩く

やがて、
奈良時代に作られた
古代伊勢道が目の前に開けてきました。

都と伊勢神宮を結ぶ、
当時は幅9メートルもあったとされる道。

 

風にも負けず、
その道をずんずんと進みながら、

一歩一歩、
確かめるように歩いていきました。

そのとき感じたのは、
「この道をたどりに来た」という感覚でした。

過去の人々が歩いた道を、
今の私が自分の足で歩いている。

それだけで、
何かが静かに開いていくようでした。

◆ 斎宮歴史博物館へ

ついに、
斎宮歴史博物館に到着。

 

広い敷地の中に建物が見え、
急いで中に入り、観覧料を払い、
見どころや写真撮影について確認しました。

 

撮影はOKとのことで安心したのですが、
常設展示室には「NO FLASH」の表示があり、
写真自体がNGなのか迷ってしまいました。

 

最初は撮影を諦めかけたものの、
あまりにも素晴らしい展示に、
もう一度受付に戻って確認。

 

フラッシュなしであれば撮影可能とわかり、
ほっとしました。

 

その場には私一人。

静かな空間の中で、
じっくりと心ゆくまで見させていただきました。

 

◆ 常設展示室で見たもの

 

常設展示室では、

平安時代を中心に、
斎王の誕生から斎宮での暮らし、
そして古典文学に描かれた姿までが、
資料や模型、映像で紹介されていました。

 

入り口には、
群行の際に乗った輿の模型。

 

 

奥には、
原寸大で再現された斎王の居室と、
斎王と命婦の姿。

 

さらに別の展示室では、
発掘調査の成果や出土遺物、
斎宮全体の復元模型なども見ることができました。

 

映像では、
斎王が都から伊勢へ向かう
「群行」の様子も再現されていました。

 

ひとつひとつを見ながら、

ここはただの歴史展示ではない、
と感じました。

 

消えたはずの世界が、
目の前で静かに
立ち上がってくるようでした。

◆ 私が一番感動したもの

私がとりわけ深く感動し、
心に残ったものは、三つありました。

 

ひとつは、
入り口にあった、
斎王が祈る姿の後ろ姿。

 

 

 

 

そしてもうひとつが、
「別れのお櫛」と呼ばれるもの。

 

 

 

けれど、いちばん心を奪われたのは、

奥にあった、
原寸大で再現された斎王の居室、
(十二単姿の斎王と命婦の人形や調度)でした。

思わず、
目が釘付けになってしまいました。

 

そしてその瞬間、

あ、玉葛葉さんだ——
となぜか直感で感じ取ったのです。

 

それは、
白い衣をまとった斎王ではなく、

 

そのそばにいる
内侍(命婦)の姿でした。

 

こっちの人だ、と。

説明できないのに、
はっきりとわかってしまうような感覚。

そんな瞬間でした。

 

◆ 自分の中のビジョンと一致する

自分のビジョンに浮かんでくるのは
白い着物ではないのです。

どちらかというと
赤や桃色など鮮やかな色。

 

さらに
今の自分を思えばわかりますが、

どこか宮中の奥に
静かに収まっている的な
御姫様ではない。

アメリカのサイキックさんにも昔言われたように、

なにかたくさんのモノを書いたり
事を成している
高位の女官みたいな。

 

◆ 点が線になる瞬間

私の場合は、よくこういうことがあります。

うっすらとしたビジョンや、
意味はわからないけれど気になるキーワードが、
先に降りてくるのです。

そのときは、
ただ「なんだろう」と思うだけで、
はっきりとした意味はわかりません。

 

けれど、

ある場所に導かれたり、
体験を重ねていく中で、

それらが
ドンピシャのタイミングで結びつき、

バラバラだったものが、
一本の光の筋のように
つながっていく感覚があります。

実は、2年ほど前から、
自分には平安時代の過去世があるのだろうと
気づき始めた頃、

 

理由はわからないのに、
記憶の底から浮かび上がってくるような
いくつかの言葉がありました。

内侍(ないし)
命婦(みょうふ)
比丘尼(びくに)

という言葉でした。

 

そのときは、

そういえば源氏物語の中にも
出てきた言葉だったな、
という程度で、

ただ「なぜか気になる言葉」として
心の中に残っているだけでした。

けれど今、

この場所に立ち、
体験を重ねていく中で、

それらがすべて
一本の流れとしてつながり始めているのを、
はっきりと感じたのです。

◆ 内侍(命婦)という役割

その後、壁にあった展示資料を見た瞬間、
再び、目がくぎづけになりました。

斎宮を支えていた女性たちの役割として、
「内侍」という言葉が、はっきりと目に入ってきたのです。

そして、その横に
(命婦)と書かれているのを見て、
思わず息をのみました。

 

 

 

 

さらに、

展示の人形が身につけていた着物の色が赤。

 

清明神社でいただいた華守りと、
まったく同じ色だったことにも、
深い驚きを感じました。

 

 

斎宮寮の組織図を見ると、

斎王の私的生活を支える女官たちの中で、
その中心に立つ存在が
「内侍(命婦)」であることが示されていました。

 

展示パネルの英文には、

“The head of these was a noble court lady”

とあり、

内侍は、女官の中でも最も高い位置にあり、
重要な役割を担っていた存在であることがわかります。

 

斎宮において、
単なる役職ではなく、

斎王のすぐそばで仕え、
儀式や日常のすべてを差配する、
まさに中核を担う存在でした。

◆ つながっていくひとつの流れ

そのとき、私の中で、

もしかしたら、

こんなふうにすべてが
つながっているのかもしれない——

と、深く腑に落ちる感覚がありました。

 

私の過去世で、

斎宮の内侍として中心を担っていた玉葛葉さんが、

都にいた頃は、
何らかの形で、安倍晴明を師と仰ぎ、
伊勢へ下り、斎王に仕え、

 

その後、都に戻り、和歌などをたしなみ、
晩年は比丘尼として過ごしながら、

 

武士たちに助言を与えていた。

そんな一連の流れが、
ひとつの人生として、自然に浮かび上がってきたのです。

 

◆ 歴史的に見ても「あり得る流れ」

これは一見、物語のようにも感じられますが、

平安時代の「斎宮の内侍」という立場と、
当時の社会背景を照らし合わせると、

実はとても筋の通った、
現実的にもあり得る歩みで
あることがわかってきました。

◆ ① 安倍晴明公とのつながり

斎宮は神道の極致ともいえる場所ですが、
実は陰陽道とも深く結びついていました。

斎王が伊勢へ向かう「群行」の日取りや方角、
道中の穢れを祓う儀式などは、

すべて陰陽師によって決められていました。

つまり、

内侍という存在は、
こうした「見えない流れ」に
誰よりも敏感である必要があったのです。

都にいた頃、
安倍晴明公から、星の動きや暦の読み方、
災いを避ける知恵を学んでいたとしても、

不思議ではありません。

 

◆ ② 伊勢での役割は「守護」

内侍として斎王を支えることは、

単なる事務ではなく、
「霊的な守護」の役割でもありました。

晴明さんから学んだ知恵を、

斎王を守るための結界や、
日々の潔斎に活かしていたと考えると、

その役割の本質が見えてきます。

 

◆ ③ 都に戻ってからの人生

斎宮を退いた女性たちは、

都に戻ると、
「神に仕えた存在」として敬意を持って見られていました。

 

和歌をたしなみ、
文化の中で生きながら、

やがて比丘尼として生きる道を選ぶことも、
自然な流れのひとつでした。

神に仕え、
その後、仏へ帰依する。

それは、
魂の成熟の過程でもあったのだと思います。

 

◆ ④ 武士への助言という役割

さらに興味深いのは、

その後、武士たちに助言を与える
存在となっていた可能性です。

平安末期から鎌倉時代にかけて、

武士たちは、
貴族の教養や儀式、
そして「時を読む知恵」を求めていました。

斎宮の内侍を務め、
陰陽道の知識を持つ尼僧であれば、

彼女は、
「天の時を知り、世の理を説く存在」
として、
武士たちにとって特別な存在であったはずです。

その存在の重みと、
静かな威厳が、
一気に現実味を帯びてきました。

 

◆ 魂の記憶に触れるとき

あとから振り返ると、

それは、

理屈を超えた深い部分で、
かつての記憶や、
その時の想いに触れたような、
そんな感覚だったのかもしれません。

 

決して楽な道ではなかったはずです。

都で、安倍晴明という希代の師に出会い、
目に見えない世界の理を学び、

その知恵を携えて、
住み慣れた都を離れ、
神聖さと孤独が隣り合わせの伊勢の地へと下る。

◆ その役割の重さ

そして、
組織の中心に立ち、
多くの女官たちを束ねながら、

斎王という「神の器」を
守り続ける役割。

それは、
並大抵のものではなかったはずです。

 

 

自分の感情を押し殺し、

常に清浄であり続け、
一寸の乱れも許されない日々。

鈴鹿の山を越えるときも、
伊勢の地で祈りを捧げるときも、

誰にも言えない覚悟を
抱えていたのだと思います。

 

◆ その先の人生

そしてその後、
比丘尼として生き、
戦乱の時代を生きる武士たちに、

伊勢で培った静けさと、
晴明から受け継いだ理を伝えていく。

神と仏、そして人の世をつなぐ。

それは、
ひとつの到達点のような
人生だったのかもしれません。

 

◆ 涙の意味

面白いことに、

この記事を書きながら、
なぜかわからないけれど
自分の書いた文章を読みながら、
涙があふれてきたのです。

 

私は時々、こういうことがあります。

それは、
魂の琴線が震えるとき、
自分にとっての真実に触れたときです。

 

それは、正しいか間違っているか、
誰かに証明する必要のないもの。

ただ、魂の底で「これが真実だ」とわかる、
すでに知っていたものを思い出すような感覚です。

 

その涙は、

悲しさでも、喜びでもなく、
もっと深いところから
静かに湧き上がってくるものでした。

 

「ありがとう」
玉葛葉さんからそんな言葉が、
聴こえてきたような心地でもありました。

 

 

◆ 「光の巫女」という言葉

今回の旅の中で、
何度も浮かんできた言葉があります。

それは——

「天と地をつなぐ 光の巫女であれ」

という言葉でした。

 

最初は、
少し壮大すぎるようにも感じました。

けれど、
斎宮の地に立ったとき、
はっきりとわかったのです。

 

これは、
特別な誰かの役割の話ではないということを。

 

「天と地をつなぐ」とは、

何か特別な力を持つことでも、
発揮することでもありません。

 

そもそも人は、

天と地のあいだに在り、
その理をつなぎ、体現する存在。

 

いわば、
光の柱のように、
その間を通す存在なのだと思います。

 

それは、

自分の内側の真実と、
現実の行動を一致させること。

感じていることと、
やっていること。

思っていることと、
選んでいること。

それらが一致したとき、

 

人は自然と、
“つながる存在”になっていく。

そう感じました。

 

 

◆ 終わりに

斎宮の地で、私は、

ずっと前から魂の奥にあったものを、
静かに思い出したような気がしています。

 

過去世で自分が誰だったのか、
それを断定する必要はありません。

 

けれど、

自分の中に浮かび上がってくる感覚や言葉、
繰り返し現れるキーワード、
場所に立ったときに感じる確信。

 

それらはすべて、

これからどう生きるのかを教えてくれる
魂からの道しるべなのだと思います。

 

★ 今日の魂の道しるべ

あなたの中で、
理由はわからないのに惹かれること、
何度も繰り返し浮かんでくる言葉は何ですか?

 

それは、
あなたがこれから生きていく方向を示す、
魂からのサインかもしれません。

 

そしてこの旅は、
まだ続いていきます。

 

次はいよいよ、
伊勢神宮へ。

この流れの中で、
さらに深く感じたこと、
そして実際に起きたことを、
お届けしていきます。

あなたの中の感覚が、
またひとつ静かにひらいていきますように。

鈴木みつこ

 

 



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