願いを手放したら、道が現れた|上野東照宮で気づいた「意図する」ということ

最終更新日:2026年9月2日

こんにちは、
鈴木みつこです。

また、旅から帰ってきました。

今回の一番の目的は、

上野の東京国立博物館で
開催されていた

弘法大師生誕1250年記念
特別展「空海と真言の名宝」

を見ることでした。

私は空海さんが大好きなので、

「これは、ぜひ見ておきたい」

そんな願いから始まった、

息子との一泊二日の
東京・上野への旅です。

2023年6月、
四国への旅をきっかけに
深くご縁を感じるようになった
空海さん。

 

今回また、

空海さんゆかりの場所を
訪れることで、

私は何を感じるのだろう。

そんなことを思いながら、
東京へ向かいました。

 

◆願いを持って、旅に出る

今回の旅では、
「空海さんの特別展へ行く」
という明確な目的がありました。

でも、

すべてを細かく
予定通りに進めようとは
していませんでした。

 

実際、

東京に着いて最初に向かった
西新井大師では、

息子と一緒に
お護摩祈願を受けました。

般若心経が始まったとき、

まるで御本尊の奥から、
とても大きな存在が
出てこられたような、

たいへんありがたい感覚を
私は覚えました。

その一方で、

横では息子が、

緊張したときや
手持ち無沙汰なときにする、

ASD(自閉症スペクトラム障害)のある
彼なりのいつものしぐさで、

ハンカチを手にして
遊んでいました。

そして私は、

長く正座していたため、
だんだん脚がしびれてくる。

決して、

静寂の中で
一人きりで祈るような
環境ではありません。

それでも、

途中から脚のしびれさえ
気にならなくなるほど、

深く集中している瞬間が
ありました。

 

そこで私は、

「こうでなければならない」

という形にこだわらなくても、

その時、その場所で、

受け取れるものは
ちゃんとある
のだと感じました。

 

◆予定になかった場所へも、道がつながっていった

 

二日目。

東京国立博物館へ
向かって歩いている途中、

予定にはなかったのですが、

なぜか寛永寺の
開山堂・両大師へ
寄りたくなりました。

 

そこで、

天海さん、
元三大師さんへ
お参りすることができました。

 

旅へ出る前には、

まったく予定していなかった
場所です。

でも、

実際にそこへ立ってみると、

以前訪れた
川越の喜多院とのつながりや、

今の自分が取り組んでいる

「受け取ったものを
現実の中に形にする」

というテーマまで、
一本につながっていきました。

 

そしてそのあと、

今回の一番の目的だった

東京国立博物館の
「空海と真言の名宝」へ。

 

国宝や重要文化財、

古い仏像や資料を
間近で見ることができました。

そこで私は、

自分が本当に惹かれているのは、

単なる知識や
美術品としての仏像だけではなく、

長い年月を通して
祈りや営みが重なってきた、

「生きた祈り」
「生きた智慧」

なのだと改めて気づきました。

そしてこれは、

自分の仕事にも
そのまま重なりました。

知識をきれいに並べて
教えるだけではなく、

自分が実際に生き、

迷い、

立ち止まり、

また自分へ戻る中で
得てきた智慧を届けたい。

そんなことを
改めて感じました。

 

◆ところが、旅の最後に……

午後は、

息子が楽しみにしていた
上野動物園へ行きました。

私たちにとっては、
約10年ぶりです。

この日の午後は、

「今日は息子のための
時間にしよう」

と決めていました。

 

東園をまわり、
そのあと西園へ移動して、
ひと通り見て歩きました。

 

その頃、

私はどうしても、
上野東照宮へも
お参りしたくなっていました。

 

上野東照宮には、

徳川家康公のほか、
八代将軍・徳川吉宗公、
十五代将軍・徳川慶喜公が
お祀りされています。

 

 

なかでも私は今回、

江戸幕府の立て直しに
力を尽くした吉宗さんに、
とても惹かれていました。

 

「そろそろ動物園を出て、
東照宮へ行こうかな」

そう思って
息子に話してみると、

 

 

返ってきたのは、

 

「神社はイヤだ。
もっと動物園を見たい」

という言葉でした。

 

◆願いを、いったん手放す

そこで私は、
いったん諦めました。

 

今日は、

息子のための時間にしようと
決めていたから。

 

上野東照宮は、

また改めて来ればいい。

それに、

動物園のついでのように
慌ただしくお参りするのも、

なんとなく失礼な気がしました。

 

「今日は違うのかもしれない」

そう思ったんです。

 

もし今日、

吉宗さんやご眷属さんとの
ご縁があるなら、

きっと何らかの形で
道がつながる。

 

もしお参りできなかったとしても、

それにもまた
意味があるのだろう。

 

そう思って、

私はいったん、

「絶対に今日行きたい」

という執着を手放しました。

 

そして、
息子に行き先を任せ、

さらに動物園を
見て回りました。

西園から東園へ戻る途中、

ちょうど
上野東照宮の裏側に
面した場所を通りました。

 

私は心の中で、

「吉宗さん、
今日は
お参りしたかったのですが、
また改めて来ます」

と、ご挨拶しました。

 

かなり残念でした。

 

でも、

そのあとはもう、

東照宮へ行けないことを
考え続けるのではなく、

息子との時間へ戻りました。

◆手放したあと、道が現れた

そして、その後
息子も十分に
動物園を楽しんで、

いよいよ外へ出たときのことです。

出口を出ると、

右手奥のすぐ近くに、

上野東照宮へ向かう
入口がありました。

 

時計を見ると、
もう14時を
過ぎています。

帰りの高速バスもあるので、

15時にはホテルへ戻り、

預けてある荷物を
受け取らなければなりません。

決して、
時間に余裕があるわけでは
ありませんでした。

それでもそのとき、

私はやっぱり、
「お参りしたい」
と思ったんです。

今度は、
その願いを
なかったことにしませんでした。

息子に伝えると、

今度は一緒に
行ってくれることになり、

二人で
上野東照宮へ向かいました。

そして、

吉宗さんへ
深く祈り、ご挨拶し、

内側の社殿を
拝観することまで
できました。

一度は、
「今日は無理だな」
と諦めた場所へ。

 

最後の最後に、

ちゃんとお参りすることが
できたんです。

 

◆願いを手放すことは、願いを諦めることではない

今回の出来事を
振り返っていて、

私は一つ、
とても大切なことに
気づきました。

願いを手放すというのは、
願いを捨てることではない。

 

「どうでもいい」
と諦めることでもありません。

 

私は、

上野東照宮へ
お参りしたいという願い

「意図」を、
ちゃんと持っていました。

でも、

「今すぐ」
「絶対に」
「この方法で」

というところまでは、
握りしめなかった。

いったん手放し、

目の前にいる息子との時間へ
戻りました。

すると、

思いもよらなかったところから、

もう一度、
道が現れました。

 

 

 

私は、

願いとは、

こんなふうに扱っても
いいのかもしれないと
思いました。

意図する。

でも、叶え方までは決めつけない。

いったん手放して、
今ここを生きる。

そして、

もう一度道が現れたら、

今度は自分の意志で
その道を選ぶ。

今回の旅では、

そんなことを
実際の体験を通して
教えてもらった気がします。

 

 

◆頑張るほど、願いを握りしめていませんか

これは、

仕事や人生にも
よくあることではないでしょうか。

「結果を出したい」

「もっと収入を増やしたい」

「天職を見つけたい」

「人生を変えたい」

願いそのものは、
悪いものではありません。

むしろ、

「私はこう生きたい」

という方向を決める
「意図する」ことは
とても大切です。

でも、

叶えようとするあまり、

「こうならなければ」

「この方法でなければ」

「今すぐ結果が出なければ」

と握りしめすぎると、

かえって周りが
見えなくなることがあります。

私自身も、

仕事で結果が出ないときほど、

もっと頑張らなければ、

もっと学ばなければ、

もっと何かを
足さなければ、

と思ってきました。

でも、

力いっぱい握っているものを

一度ゆるめたときに、

それまで見えなかった道が
見えてくることがあります。

 

◆意図して、手放して、今できる一歩を選ぶ

だからもし今、

あなたにも、
叶えたい願いがあるなら。

まず、

「私は本当はどうしたい?」

と自分に聞いて、

願いをはっきり
「意図」してみる。

そして次に、

「絶対にこの形でなければ」

という部分を、

少しだけ
手放してみる。

そのうえで、

今日できることを
一つ選ぶ。

それで十分だと
私は思っています。

願う。

手放す。

今を生きる。

そして、

道が現れたら
自分で選んで歩く。

その繰り返しの中で、

思いがけない形で
願いへ近づいていくことも
あるのだと思います。

 

◆今回の旅で感じた「守られている」ということ

振り返ってみると、
今回の旅では、

当初予定していた以上に、

西新井大師、出世稲荷、
東京スカイツリー、
寛永寺、
東京国立博物館、
上野動物園、
そして
上野東照宮まで、

あれよあれよという間に
巡ることができました。

 

そして、

弘法大師・空海さん、
出世稲荷さん、

 

天海さん、
元三大師さん、

藤堂高虎さん、

そして最後には、
吉宗さん
栄誉権現(お狸様)
へと、

 

次々にご縁が
つながっていきました。

西新井大師では、

境内へ入った直後に
お宮参りを終えた
赤ちゃんとご家族に出会い、

旅の行く先々では、
アゲハ蝶が
何度も現れました。

 

私にとっては、

それらは、

「歓迎していただいている」
「ちゃんと導いていただいている」

と感じる、
確かなサインでした。

一つタイミングがずれていたら、

行けなかったかもしれない
場所もあります。

それでも、

当初計画していた以上の場所を巡り、

帰りの高速バスも含めて、

必要な時間には
すべて間に合いました。

二日間で
4万歩以上歩くという、

なかなかハードな旅でしたが、

振り返れば振り返るほど、

私の中には、

「本当に守られている」

という確信が残っています。

今回もまた、

本当にありがたい
魂の旅となりました。

 

 

 

◆人生後半、全部をコントロールしなくてもいい

今の私は、

60歳から始まった
人生第二章で、

以前よりも、

「何を実現したいのか」

をはっきり意図するように
なりました。

でも同時に、

全部を自分の力だけで
コントロールしようとしない。

そんな生き方も、

少しずつ
覚えているところです。

意図する。

行動する。

でも、

結果は握りしめない。

「執着」は手放す。

でも、

「意図」は、しっかり持つ。

自分は本当は、
どこへ向かいたいのか。

何を大切にしたいのか。

そこだけは、
自分の中ではっきりさせておく。

そのうえで、

目の前に現れた道を、

本当の自分と
つながりながら、

一つずつ選んでいく。

それは、

願いを諦めることでは
ありません。

むしろ、

自分の願いを信頼しながら、

その叶い方まで
すべて自分で決めようとせず、

人生そのものも
信頼してみること
なのだと
思います。

 

 

◆あなたが今、叶えたい願いは何ですか

もし今、

「人生を変えたい」

「これからは
もっと自分らしく生きたい」

「これまでの経験を
何かに生かしたい」

と思っているのに、

何から始めればいいか
分からなくなっているなら。

9月8日(火)の
無料体験セミナーでは、

いきなり

「あなたの使命はこれです」

と答えを出すことからは
始めません。

まず、

今の自分は
どこにいるのか。

本当は、

何を望んでいるのか。

そして、

これまでと同じ頑張り方を
増やすのではなく、

今の自分に合った
次の一歩は何なのか。

そこを一緒に
整理していきます。

願いを叶えるために、

もっと自分を
追い込むのではなく。

一度、

本当の自分へ戻って、

方向を確かめる。

そんな2時間に
していただけたらと思っています。

━━━━━━━━━━━━━━

天職実現マスタープログラム
無料体験セミナー

9月8日(火)
14:00〜16:00

オンラインZoom/参加無料

▼詳細・お申込みはこちら
https://mitsuko8888.com/tenshoku-ai.html

━━━━━━━━━━━━━━

願いを持っていい。

でも、
その願いを叶える方法まで、
ぎゅっと握りしめなくていい。

意図して、
行動して、

あとは少し
手をゆるめてみる。

すると、

それまで見えなかった道が、

ふっと現れることが
あるのかもしれません。

人生後半、
まだまだこれからです。

鈴木みつこ

 

関連記事

◆よく読まれている記事◆
その他の診断
今のあなたに合う診断をお選びください
方向性を知りたい方へ
心とエネルギーを整えたい方へ

願いが、
なかなか叶わないとき。

もしかしたら、願いが「意図」ではなく、
「執着」になっているのかもしれない。

今回の
空海さんゆかりの東京・上野の旅で、

私はそんなことを
体験を通して感じました。

「今すぐ」
「絶対に」
「この方法で」と

握りしめるほどに
見えなくなる道もある。

怖いものは怖い。
不安なものは不安。
そのままでいい。

でも、行動のハンドルまで
不安に渡さない。

ブレない人とは、
恐怖を感じない人ではない。

揺れたときに、
「それでも私は、どちらへ進むのか」
を選び直せる人だ。

#天職 #使命 #本当の自分 #神社仏閣巡り #小樽天狗山神社

Load More